擁壁とは?種類や耐用年数・トラブルの回避方法を解説
擁壁とは傾斜地の土砂崩壊を防ぐ壁状の構造物です。地震や豪雨の際には地盤に大きな土圧がかかるため、それを受け止めて土地を安定させるのが役割です。2023年に施行された最新法令への適合や、水抜き穴のトラブルなど、設計実務で欠かせない知識を整理します。
傾斜地を活用した設計では、擁壁の有無がプロジェクトの成否を左右します。安全性とコストのバランスをどう取るかは、設計者にとって重要な判断材料です。
本記事では、擁壁の基本的な定義から種類ごとの特徴、関係する法律のポイントまでを解説します。さらに、実務で起こりやすいトラブルとその回避方法もまとめました。ぜひお役立てください。
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擁壁とは
擁壁とは、傾斜地で土砂の崩壊を防ぐために設けられる壁状の構造物です。日本は丘陵地や山間部が多いため、宅地造成や土木建築工事には欠かせない存在となっています。
ここで混同されやすいのが「土留め」や「ブロック塀」との違いです。概要を簡潔に整理すると、次のようになります。
| 名称 | 定義 | 主な目的 |
| 擁壁 | 傾斜地で土砂崩壊を防ぐための壁状の構造物 | 土圧・水圧・地震などに耐え、土地の安全を守る |
| 土留め | 法面や崖の崩壊を防ぐための工事全般(広い概念) | 地盤の安定を確保する(擁壁も含む) |
| ブロック塀 | 境界の明確化や防犯・プライバシー保護のための構造物 | 境界線の確立、防犯、プライバシー保護 |
ここでは「土留めとの違い」「ブロック塀との違い」を詳しく見ていきましょう。
土留めとの違い
擁壁と土留めは似た言葉ですが、意味は異なります。
擁壁は「土の崩壊を防ぐための壁状の構造物」を指します。それに対して土留めは「法面や崖の崩壊を防ぐための工事全般」を表す、より広い概念です。
言い換えると、擁壁は数ある土留め工事の中の一つであり、具体的な構造物を指します。一方で土留めには、擁壁のほかにも法面保護や地盤改良といった工法が含まれます。
設計にあたっては、この違いを正しく理解し、敷地条件に合った方法を選ぶことが大切です。
ブロック塀との違い
ブロック塀と擁壁の違いは「目的」にあります。
ブロック塀は境界線を明確にしたり、防犯やプライバシー保護のために設置されます。基本的には平坦な土地で使われ、土砂崩れを防ぐ機能は持ちません。
一方で擁壁は、土圧に耐えて崩壊を防ぐことが第一の目的です。そのため高い強度が求められ、建築基準法でも細かく規定されています。
設計の場面では、この機能の違いを理解し、敷地条件や目的に応じて適切に選ぶことが欠かせません。
擁壁の種類
擁壁は、使う材料や構造の違いによっていくつかの種類に分けられます。どの方式にも長所と短所があり、耐用年数や費用も異なります。
まずは概要を表で整理してみましょう。
| 種類 | 特徴 | 耐用年数 | 注意点 |
| コンクリート擁壁 | 鉄筋あり(RC造)は高強度で地震に強い。無筋はコストを抑えやすい。 | RC造:30〜50年 | 地盤条件により無筋は制限あり |
| 練積み造擁壁 | 石やブロックをモルタルで固める。外観の自由度が高い。 | 20〜40年 | 玉石や割石は劣化や基準不適合の可能性 |
| 空積み造擁壁 | 接合材を使わず石を積む。 | 不明だが劣化しやすい | 現在は危険擁壁に指定されるケースが多い |
たとえば、群馬県内で取引されている鉄筋コンクリート擁壁のおおよその目安として、2mあたりの製品単価は以下のとおりです。
- 高さ50cm程度:約2万円~
- 高さ1m程度:約4万円~
- 高さ2m程度:約9万円~
- 高さ3m程度:約15万円~
※勾配自在型の場合は、標準型より2~3割程度高くなります。
このように、種類ごとに特徴と制約が大きく異なります。では、それぞれの方式について詳しく見ていきましょう。
コンクリート擁壁
コンクリート擁壁は、現在もっとも広く使われている形式です。鉄筋の有無によって「鉄筋コンクリート造」と「無筋コンクリート造」に分けられます。
鉄筋コンクリート造(RC造)は、内部に鉄筋を組み込むことで高い強度と耐久性を実現します。L型・逆T型・片持ち梁式など多様な形状に対応でき、耐用年数は30〜50年ほどです。地震に対する安全性でも優れています。
一方の無筋コンクリート造は、鉄筋を用いない方式で、重力式やもたれ式の構造が一般的です。強度はやや劣りますが、地盤条件が良好であれば施工可能であり、コストを抑えられる点が特徴です。
フジコンの擁壁製品は、最新の基準に適合した高品質なRC造です。設計段階からCADデータを提供しており、効率的な設計をサポートしています。
練積み造擁壁
練積み造擁壁は、石材やコンクリートブロックをモルタルで結合して構築する方式です。使用される材料には、玉石、割石、大型ブロック、間知ブロックなどがあります。
施工が比較的容易で、外観に変化を持たせやすい点が特徴です。ただし、玉石や割石大谷石や玉石積擁壁は経年劣化しやすく、構造計算も難しいため、現在では建築基準法の技術基準を満たさない場合が多く見られます。そのため、既存不適格として扱われるケースが増えています。
空積み造擁壁
空積み造擁壁は、石材やコンクリートブロックをモルタルなどの接合材を使わずに積み上げる方式です。
施工は比較的容易で、外観に個性を持たせやすい点が特徴です。しかし、玉石や割石使った擁壁は経年劣化が進みやすく、構造計算も難しいため、現在では建築基準法の技術基準を満たさないケースが多く見られます。その結果、既存不適格として扱われることもあります。
建築主に関する法律
擁壁の設計や施工には、いくつかの法律が関わっています。建築設計者にとって、これらの規定を正しく理解し、遵守することは欠かせません。
とくに建築基準法や宅地造成等規制法(盛土規制法)は、設計の可否や施工方法に直接影響を与える重要な法律です。どのような場合に擁壁の設置が義務付けられるのか、また最新の改正内容がどこに関わってくるのかを把握しておく必要があります。
建築基準法
擁壁の安全性を規定する基本法が建築基準法です。第19条第4項では、がけ崩れなどの危険がある場合に、擁壁設置を義務付けています。
さらに建築基準法施行令第142条では、技術基準が細かく定められています。たとえば、鉄筋コンクリートや石造など腐食しにくい材料を使うこと、石造の場合はコンクリートで裏込めして十分に結合させること、排水のために水抜き穴を設けることが求められます。
また、第40条では、地方自治体が条例で独自の規制を設けられると定められています。そのため、プロジェクトの初期段階で地域の条例を確認しておくことが重要です。
出典:e-GOV法令検索「建築基準法(昭和二十五年法律第二百一号)」
(https://laws.e-gov.go.jp/law/325AC0000000201/)
出典:e-GOV法令検索「建築基準法施行令(昭和二十五年政令第三百三十八号)」(https://laws.e-gov.go.jp/law/325CO0000000338)
宅地造成及び特定盛土等規制法
2023年5月に施行された「宅地造成及び特定盛土等規制法(盛土規制法)」は、旧・宅地造成等規制法を改正した新しい法律です。
この法律では、宅地造成工事規制区域内では高さ1m以上の盛土に擁壁設置が義務付けられています。また、その他の区域でも高さ2m以上の場合は設置が必要です。
また、鉄筋コンクリート造や練積み造といった構造要件が明記され、構造計算による安全性確認も義務化されました。従来よりも厳しい基準となったため、設計段階から詳細な検討を行うことが不可欠です。
こうした最新の法令を踏まえて擁壁を選定すれば、プロジェクトをより安全かつ確実に進めることができます。
出典:e-GOV法令検索「宅地造成及び特定盛土等規制法(昭和三十六年法律第百九十一号)」(https://laws.e-gov.go.jp/law/336AC0000000191)
擁壁のトラブル例
擁壁に関わるトラブルは、工期の遅れやコストの増加を招く原因となります。あらかじめ代表的な事例を知っておけば、リスクを予防しやすくなります。
水抜き穴トラブル
水抜き穴は、擁壁の背面にたまる水を排出し、土圧を減らすために欠かせない設備です。建築基準法施行令では「壁面3㎡ごとに1個以上、内径7.5cm以上」と規定されています。
よくあるトラブルとしては、水抜き穴の詰まりによる排水機能の低下、不適切な設計による水圧の増加、メンテナンス不足で機能が失われるケースがあります。
これらを放置すると、擁壁にひび割れやはらみが生じ、最悪の場合は崩壊につながります。設計段階で適切に配置するとともに、定期的な点検や清掃を行うことが重要です。
近隣トラブル
共有する擁壁では、管理責任や修繕費の負担をめぐってトラブルが起こりやすく、とくに境界線上にある場合は責任分担があいまいになりがちです。
予防のためには、所有者同士で事前に取り決めを明確にしておくことが大切です。契約書や境界に関する資料を確認し、隣人と書面で合意しておけば安心できます。必要に応じて専門家に相談できる体制を整えておくのも有効です。
一般的には上側の敷地所有者が費用を負担するケースが多いですが、これは法的義務ではありません。そのため、トラブルを防ぐためには事前の合意形成が欠かせません。
越境トラブル
擁壁が隣地や道路にはみ出していると、建て替えの際に大きな問題となります。とくに古い擁壁では、当時の測量精度が低かったため、後になって越境が判明するケースも少なくありません。
防止のためには、事前の境界確認と正確な測量が基本です。また、既存擁壁が越境していないかを調査し、隣地所有者と事前に協議しておくことが重要です。場合によっては、法的な手続きを視野に入れて準備しておく必要もあります。
設計段階で現況を正しく把握すれば、こうしたトラブルを未然に防ぐことができます。
擁壁のトラブルを回避する方法
擁壁に関するトラブルの多くは、事前の対策によって防ぐことができます。大切なのは、ポイントを押さえて体系的に取り組むことです。
現行の建築基準法に適合しているか確認する
擁壁が現行の建築基準法に適合しているかどうかは、プロジェクトの成否を左右する基本条件です。
確認方法としては、検査済証の有無の確認(適格な擁壁には必ず発行されます)、役所での確認申請や建築確認概要書の確認、専門家による法適合性診断があります。
もし不適格な擁壁が見つかれば、新築や増築が難しくなり、建て替えや修繕が必要になる可能性があります。早めに確認しておけば、計画の見直しや代替案の検討につなげられます。
擁壁の状態と構造を確認する
既存の擁壁が安全かどうかを確認することは、プロジェクトの基本です。
チェックすべき項目は、表面のひび割れや傾き、漏水、ふくれ、変形などの劣化サインです。加えて、内部構造の健全性、排水機能の有無、そして地盤の安定性も重要です。
国土交通省が公開している「我が家の擁壁チェックシート」を活用すれば、体系的な点検が可能です。加えて地盤調査を行えば、軟弱地盤による沈下や傾きのリスクも把握できます。
最終的には、専門家による定期的な診断とメンテナンスが、長期的な安全性を守る鍵となります。
出典:国土交通省「我が家の擁壁チェックシート」
(https://www.mlit.go.jp/toshi/content/001466510.pdf)
擁壁の所有権や管理責任を明確にしておく
共有する擁壁では、責任の所在があいまいなままだとトラブルの原因になります。そのため事前に関係を整理しておくことが不可欠です。
具体的には、購入前に契約書を確認すること、隣人と協議して書面で合意を交わすこと、管理責任や費用負担を明文化しておくことが重要です。
一般的には擁壁の設置費用を上側の敷地所有者が負担するケースが多いですが、これは法的な義務ではありません。あらかじめ明確な取り決めを行うことが、将来のトラブルを防ぐ最善策になります。
擁壁診断士に擁壁診断を依頼する
専門家による診断は、擁壁の安全性を客観的に評価するうえで欠かせません。
日本擁壁保証協会が育成する「擁壁診断士」による診断では、亀裂やひび、はらみ、風化の有無を確認します。さらに、水抜き穴の機能、構造的な安全性、法令への適合状況まで幅広くチェックされます。
とくに古い擁壁や状態に不安がある擁壁では、専門家による評価が安心につながります。診断結果に基づいて適切な対策を講じれば、安全性を確保できます。
擁壁に関するQ&A
ここでは、設計の現場でとくによく挙がる疑問を取り上げて解説します。
擁壁の調査方法は?
擁壁の調査は、大きく分けて 現地調査 と 書類確認 の二段階で行います。
【現地調査で確認する項目】
- 表面の亀裂やひびの有無
- はらみや傾き、風化などの劣化サイン
- 水抜き穴の有無と機能状況
- 材質(間知ブロック、コンクリート、石材など)
- 周辺地盤の状態
【書類確認で調べる内容】
- 宅地造成許可の有無
- 建築確認や検査済証の有無
- 法令上の規制区域かどうか
- 設計図書の内容
とくに以下の擁壁は「既存不適格」となる可能性が高いため、注意が必要です。
- 玉石造り
- 割石造り
- 二段擁壁・二重擁壁
これらを丁寧に確認したうえで、調査結果に基づき、補修・補強・建て替えの判断を行います。
擁壁工事にかかる費用は?
擁壁工事の費用は、種類・高さ・面積・現場条件によって大きく変わります。
現場へのアクセス条件(道幅や重機搬入の可否)、既存擁壁の撤去費、土砂搬出費、地盤改良費などが費用を押し上げる要因になります。
プロジェクト初期の段階で正確な見積もりを行うことが、予算計画の鍵となります。
まとめ
擁壁は、安全性とコストの両面で土木建築プロジェクトの成否を左右する重要な要素です。適切に選択すれば、長期的な安心と効率的な進行を両立できます。
そのためには、建築基準法や最新の盛土規制法などに適合することはもちろん、設計段階での現況調査や将来リスクの評価が欠かせません。とくに既存擁壁がある場合は、法的な適合性と物理的な健全性の両方を確認しておくことが重要です。
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